022527 ランダム
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見習い魔術師

見習い魔術師

net-2   【暗雲】



蒼い海。
広がる空とはまた違う、「蒼い」海。
とはいえ、今、その空はどんよりとした灰色が渦巻いている。
海もまた然り。
深く澄んでいた筈の「蒼」は濁り、まるで何もかもを飲み込もうとする奈落のよう。
・・・別に、それらが恐ろしいわけではない。
ただ、なんというか、じーっと見つめていると、どうにも・・・。

「気゛持゛ち゛悪゛い゛ぃ・・・」
ぐるぐると渦を巻く波の動きからやっとの事で視線を剥がし、リィは思わず空を見上げた。しかし、その空も海と同じく些か機嫌が悪い御様子。
リィは魂でも抜け落ちたかのように「げぇぇ」と呟いた。
「目ぇ廻るー・・・」
「なら目閉じとけよ」
うんざりした様子でぼそりと言ったエルマを、リィはキッと睨みつけた。
「一体誰のせいでこんな天気の中出航することになったと思ってるのよ!!」
荒れ狂う波音に負けないほどの大声で叫んだりィの言葉に、エルマはギクッと身体を強張らせた。
「や、そ、それは・・・」
視線を泳がすエルマに、リィは冷たく言い放った。
「これ以上何かあった暁には、残念ながら一緒に旅する事は考え直させていただきますわ」
滅多に聞くことのない御上品なリィの口調は、即ち限界が近いという危険信号。
エルマは声にならない悲鳴を何とか飲み込んだ。
リィが前回この口調になったときは、本当に悲惨だった。
取り付く島もないほど怒り狂うほうが、まだ何倍もましかもしれない。
そう思うことを余儀なくされるほど、リィの怒りはすさまじかった。

・・・無言。
たとえ何があろうと、無言なのだ。
人一倍正義感が強いリィにとって、街は天敵だらけだ。
天敵、といってもこちらが襲われるのではなく、弱者を脅したり、暴力を振るったりする、俗に言う「ごろつき」のことだ。
普段でさえ彼らを見かけたら「こてんぱん」にするリィだったが、その日は違った。
「こてんぱん」どころの問題ではない。
徹底して、叩き潰したのだ。それも、無言で。
見る影もないほどに潰された彼らを見て、もはや街の住人達はリィのことをやれ悪魔だやれ魔女だと囃し立てたが、リィの方はそれでもまだ飽き足らなかったのか。
彼らの一人の襟首をつかみ、嫌に低い声で本拠地を聞き出し、一人向かったのだ。
エルマ達が慌ててリィのもとへ辿り着いた頃には、時すでに遅し。
本拠地は見事、血の海と化していた。
それで些か気分も落ち着いたのか、おとなしくなったリィを連れて、エルマたちは早々にその街を後にしたのだった。
その街ではその後、「魔女が出た」とか、その魔女が「街の悪者を一掃した」などといった噂が流れたのだが、それからまだ二週間と経っていない。

彼女の機嫌が最悪と化したのは、いうまでもなくエルマのせいである。
あろうことか、次々と人を襲う「化け物」に対し、エルマはりィを「餌」にして、その魔物を誘き出そうとしたのだ。
その化け物、つまり「魔物」の正体はピュランキラーといい、幻とまでいわれるほど。今まで、正式に確認されたことはあるかないかといったところ。というのも、出会った人間は殺されているのが常で、運良く見た人間も気が触れている、そんな状態だといわれているのだ。
本来従順でおとなしい、ペットとして人気のある「ピュール」という魔物が非常に稀な確率で変異したもので、草食性のはずが狩りの楽しみの為に他の生き物を襲う、残忍極まりない肉食性になるという。
ピュールは通常、白という色に好意を寄せる生き物だ。
それがピュランキラーになると、白という色に最も激しく反応する。 
他の何も目に入らなくなるほど、白い色を標的にし、襲うというのだ。
エルマはそれを知っていたうえで、リィに白いドレスを着せ、しっかりと縛り付けて、木の上に放置したのだ。
その後襲われたり助けられたり殺されそうになったり、まあいろいろいろあったのだが。
帰ってきたとき、エルマがあまりに無反応だったためか。
リィは先に述べたように全く何も喋らず、怒りを他にぶつけまくったのだ。

そんなわけで、リィの怒り具合を知った筈のエルマだったのだが・・・。

「エルマぁ・・・。流石に謝った方が良いんじゃないの?」
エルマの頭の上に、大層くつろいだ状態で腰をかけていたティラが、エルマの耳元で囁いた。
「ご主人様機嫌わるーい」
「う・・・うるせぇな!つーか降りろよ、重・・・いいいっ!?」
最後まで口する前に、エルマは耳を押さえた。
ティラに思いきり耳を引っ張られ、すでに赤くなっている。
ティラはフン、と鼻を鳴らすと、再びエルマの耳元で囁いた。
「レディに体重の事いうなんて、とんだ命知らずよねぇ・・・?」
冷めた口調に、エルマは重い溜息をつき、再びティラに耳を引っ張られた。

ティラは、「聖霊」という種族に属している。
精霊でもなく、妖精でもない。
ある、特殊な種族。
聖霊は、「ある一族にのみ」従う生き物だ。その一族の一人ひとりに、一体の聖霊が守護聖としてついているという。
けれど、その一族がどんな種族なのか、それは伝説の中にしか息づいてはいない・・・。

そんなことを思い、リィは知らず溜息をついた。
エルマは、何を知っているのだろうか。
リィの知らない、けれど間違いなくリィ自身のことを知っている。
彼女しか、知らないはずのことも。

聖霊のサイズは精霊や妖精とさして変わりはない。
ただし、ずば抜けた容姿が特徴だ。
それゆえ、他者の目を引きすぎたり、あるいは魔性として扱われたりすることもあるといっていた。
思い返すたびに、ついて離れない疑問。

――――――エルマは、一体何者なのか。

「おーい、リィ!!」
不意にそばで聞こえた声にリィは視線を上げた。
「あ、カルちゃん!」
ふよふよと漂ってきた通称カルちゃんことカルドトラに、リィは思わず笑顔を向けた。

カルドトラ。
紅い髪に紅い瞳を持つエルマの聖霊は、どういう訳か、いつもフードつきの緑の全身マントを羽織っている。
ティラに比べ見目が良いとはいえないのだが、リィとはかなり仲がよく、ことあるごとに苦労話が絶えない間柄である。
御互い、よくエルマの策略にはまり、苦労のし通しなのだが、リィよりはカルドトラの方が幾らばかりか苦労している辺り、リィは少しばかり救われているかもしれない。

「どうかした、カルちゃん」
リィの言葉に、カルドトラはこめかみに指をあて、あー、と唸った。
「いやな、後どのくらいでローザの街に着きそうか聞い―きたんや―ど・・・」
リィはあれ、と首を傾げた。
カルちゃんの言葉が、一瞬途切れた・・・?
「それ―な、こ――ぜと雨――から、な―――、―き――――――」
声が、途切れる。
視界が揺らぐ。
「――――――、―――、――――い、リィ!?」



                      「                」   



最後に聞こえたのは。
一体、誰の声だったか・・・。

後はただ、暗い波だけ―――。



  



              
                  


                      「  我 ニ 、 応 エ ヨ 。 」







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